知らない、と知ったとき(無知の知、体験)
- YUKI

- 2일 전
- 3분 분량

最初に手を動かしたのは、大げさなことじゃなかった。
肌につけるものを、見直すこと。ただ、それだけ。
毎日、決まったように塗って、洗って。なのに、自分がいったい何を顔にのせているのか、知らなかった。
「化粧品」という、大きな箱がある。
開けてみると、コスメ、基礎化粧品。さらに開けると、ファンデーション、リップ、化粧水、クリーム。どんどん細かく分かれていく。
なのに、中身は何ひとつ知らない。毎日、顔にのせているのに。
よく考えたら、すごい信頼だ。使うのは、私の顔なのに。
薬も、同じだった。
まず、ステロイドを徹底的に調べた。
それから、自分が使っている化粧品も。
専門用語がずらりと並んで、はじめは訳がわからない。
少しずつ、少しずつ。時間も、本当にかかった。
調べていくうちに、だんだんわかってきた。
自分が、どれだけ知らなかったか。
自分の体を、こんなにも、人任せにしていたのか。
恐怖もあった。後悔もあった。今まで何をしていたんだろう、と。
でも、そこで気づいた。
知らない、と知ったこと。
それ自体が、始まりだったのだと。
とはいえ、『なるほどー』と感心して立ち止まっていても先に行けない。
「じゃあ、どうする。何がいいのよ」
そう自分にツッコミを入れて、私は動きはじめた。
ここからが、長かった。長かったのよ。
問題がある。立ち止まる。探す。でも、答えはない。なんとなく仮説を立てて、やってみる。そして、失敗。合わない。
自分に合うものを探すのも、これがまた一苦労。段階があるのよ、段階が。
正解を教わるんじゃない。ひとつずつ試して、確かめていく。これはもう、答え探しではなかった。実験だった。ラバトリーよ。
(今、私が成分表を見るのも、名前ではなく、何でできているかを見るのも――全部、ここから始まっている。)
ひとつ、不思議なことがあった。
最初は、たった一人で始めたつもりだった。
でも振り返ると、種は、ずっと前から蒔かれていた。
働いていた先で出会った、教授のことば。
友達がふと漏らした、何気ない悩み。
昔読んだ本の、一節。
バラバラに散らばっていた、経験と知識のかけら。
それらが、ひとつの問いを立てた瞬間、いっせいに光を放ち、脳の中に集まってくる。
そういう感覚だった。
たぶん、それまでにも、似たような経験はあったのだと思う。
でも、このとき。言葉としてだけでなく、実感として、はっきりと「無知の知」の意味を、体験した。
知らない自分を、責めるのでもなく、目を背けるのでもなく。そのまま、引き受ける。そして、知ろうとする。
その勇気と、姿勢を、体で覚えた。
私は、少しだけ、成長した。
(―― その先は、また綴っていく)





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