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冬の低い太陽が、高い松の木のあいだから差しこんでいる

TANE KOYOMI

冬至とうじ

光が、戻りはじめるころ

ホーム›TANE暦›冬至

冬至って、いつ?

12月22日ごろから、
次の「小寒(しょうかん)」までの、2週間ほど。

太陽が空のどこにいるかで決まるので、毎年ほぼ同じ日になる。※1

SCIENCE国立天文台の決め方。

どんなころ?

国立天文台の説明は、ひとこと。
「昼が一年中で一番短くなる」。※1

太陽は、一年でいちばん低いところを通る。
正午の影は、一年でいちばん長くなる。

でも、いちばん寒いのは まだ先。
このあとに「小寒」、そして「大寒(だいかん)」が来る。※1
光の底と、寒さの底は、ずれている。光のほうが、先に戻りはじめる。

立冬は、冬の入口。
冬至は、冬の折り返し。

冬至は、ほかの節氣と何がちがう?

世界じゅうで、いちばん大事にされてきた日の一つ。

アイルランドでは、紀元前3200年ごろの墓の奥に、冬至の朝日が届く。※12
イギリスでは、冬至の日が沈む方へ石を並べ、真冬に人が集まって宴をした。※14
中国では、皇帝が冬至に天を祀った。※10
韓国では、冬至を「小さなお正月」と呼んだ。※25

電話も手紙も届かない、遠く離れた土地の人が、
同じ「折り返し」に、それぞれ印をつけていた。

このページでは、その さわり を置く。
くわしい話と原文は、TANE の記録の場所「HALE」へ。

カリフォルニアでは?

オレンジカウンティの空港で測った、12月の平年の氣温は、昼はおよそ19℃、朝はおよそ9℃。
雨は、ひと月で およそ52mm。※29

冬至の瞬間は、世界で同じ。
日本で朝早くに入る年は、カリフォルニアでは まだ前の日の昼。

日本(東京)

12月22日

日の出 06:47 日の入り 16:31

昼 9時間44分

カリフォルニア

12月21日

日の出 06:51 日の入り 16:46

昼 9時間55分

昼の長さの差は、11分。

時刻はその土地の時計。国立天文台の日の出入りと突き合わせて確かめた(ずれ1分以内)。年による差は数分。

昼の長さは、ほとんど同じ。緯度が2度しか違わないからだ。

光が、
戻りはじめる日。

一年でいちばん、昼が短い。
そして次の日から、昼は少しずつ長くなる。

昔の人は、この折り返しを、
棒の影で測り、石の並びで迎え、食卓で祝った。
知っていても、心を尽くして迎えた。

TODAY

今日できること

どれも、買わずにできる。ひとつで いい。押すと、その話へ行きます。

  1. 1正午に、1mの棒の
    影の長さを 測る
  2. 2床に届く日差しの端に
    テープで 印をつける
  3. 3とっておいた種や豆を
    一つ 手入れする
  4. 4家の料理を一つ
    作り方ごと 書き留める
  5. 5かぼちゃや小豆を
    どこの土地のものか 見て選ぶ
  6. 6冬至の夜、今年
    いちばん残ったことを 話す

AROUND THE WORLD

世界が見てきた冬至

光を迎える場所、集まって食べる場所。

冬至の光を、迎えた場所

どれも、冬至の太陽の向きに 合わせて作られた、と考えられている場所。

草におおわれた丸い塚と、石の入口のある、ニューグレンジの絵アイルランド・紀元前3200年ごろ

ニューグレンジ ── 墓の奥に、朝日

入口の上の小さな窓から、冬至の朝日が通路を進み、奥の部屋を照らす。12月21日を中心に、2〜3日。※12
光が入るのは、夜明けの17分ほど。※13

1967年12月21日、発掘していた人たちが、何千年ぶりかに それを見た。※12

石の門のあいだに沈む冬の夕日と、ストーンヘンジの絵イギリス

ストーンヘンジ ── 冬至の日没と、真冬の宴

冬至の太陽は、もともと いちばん高い石の門のあいだに沈んだ。
近くの村の跡では、真冬に豚を食べ、遠くから牛や豚を連れてきていた。※14

真夏より真冬のほうが、大事だったと考えられている。※14

木の柵と溝が輪になった、ゴゼックの遺跡の絵ドイツ・紀元前4900年ごろから

ゴゼック ── 南の二つの門

溝と木の柵で作った、大きな輪。
南の二つの門は、冬至の日の出と日の入りの位置に、ぴったり合っている。※16

乾いた丘に並ぶ13の塔と、昇る太陽の絵ペルー

チャンキーヨ ── 13の塔の暦

丘の上に、13の塔が並ぶ。
塔の列が、一年の日の出と日の入りの範囲を、すべて覆っている。冬至だけでなく、一年じゅうの日にちが読めた。
2007年の論文の題は「2,300年前の太陽観測所」。2021年に世界遺産になった。※17

南半球なので、ここの冬至は6月。

スコットランドのメイズハウ(管理する団体は「約5,000年前に建てられた」と書く墓)では、冬至の前後3週間、沈む太陽の光が通路を進み、部屋の奥を照らす。※15

光は、何のためだった? →

ニューグレンジは、墓。
アイルランドの国立博物館は、光が死んだ人を若返らせ、次の生へ導くと考えられていたのかもしれない、と書いている。※12

でも、実際に どんな祈りがあったかは、分かっていない。
分かっているのは、死んだ人のいる場所で、毎年戻ってくる光を迎えた、という作りのほうだ。

HISTORY博物館と遺跡を守る団体の記録(17分は新聞の記事)。光の意味は、解釈。

日本にも、冬至の朝日が見える場所がある?

伊勢神宮 内宮の宇治橋。
冬至を中心に前後約1か月(11月下旬〜1月下旬)、朝7時半ごろ、鳥居から朝日が昇る。※20

橋の先の鳥居のまん中から、冬の朝日がのぼる絵

ただ、「そう見えるように造った」という説明は、見つからなかった。
見えることと、造った人の考えは、別のこと。

岐阜の金山巨石群(かなやまきょせきぐん)は、石のすき間に入る光が、春分・夏至・秋分・冬至の日の出や日の入りに合う、と調べた人たちが書いている。
近くでは、約8,000年前の縄文時代の道具が見つかっている。※19

縄文の人が、暦のために石を置いたのかどうか。
国の解説文も、2019年の版は「この理論の決定的証拠はまだ確立されていません」と書き※39、2023年の版は、太陽暦として使われたことを示している、と書く。※19説は分かれている。いまも見える光と、昔の人の考えは、分けて見ておきたい。

HISTORY観光の案内と、国の解説文。造った意図は、確かめられていない。

通信の無い時代に、なぜ同じ日を大事にした?

同じ太陽の下で、暮らしていたから。
どの土地でも、昼は冬至まで短くなり、冬至から長くなる。それは、誰が見ても分かる、いちばんはっきりした折り返しだった。

そして、知ったことを残す場所が、いまと ちがった。
本や画面ではなく、石の並び、毎年くり返す集まり、家で作る料理に。

作った人がいなくなっても、次の人が 同じ場所に立てば、同じ光を確かめられる。

INTERPRETATION遺跡と記録を並べて、TANE が読んだこと。

WHY

なぜ、知りたかった?

一年を数える、0(ゼロ)の日。

縦の柱と目盛りの台でできた、圭表の絵

冬至は、一年を数える「0(ゼロ)」だった

一年は、どこから数えても いい。
でも、毎年 同じ所から数えないと、暦は ずれていく。

冬至は、昼がいちばん短くなって、そこから戻る日。
毎年かならず来て、目で確かめられる折り返し。だから物差しの0(ゼロ)に向いていた。

昔の中国と日本は、冬至を つかまえて、暦を正してきた。※3

HISTORY冬至をつかまえて暦を正したのは、暦の歴史。
INTERPRETATION「0(ゼロ)の日」は、TANE の読み方。

どうやって、冬至を つかまえた?

鉢に立てた一本の棒と、床にのびる長い影の絵

1本の棒を、まっすぐ立てる。
太陽がいちばん高くなる昼に、影の長さを測る。それを毎日。

影がいちばん長くなった日が、冬至。いちばん短い日が、夏至。
縦の棒(表)と、目盛りのついた台(圭)を組み合わせた道具を「圭表(けいひょう)」という。※3

1mの棒を立てたとき、正午の影の長さ

冬至夏至
東京約1m70cm約22cm
オレンジカウンティ約1m55cm約18cm

棒より、影のほうが長い。
太陽の高さ(東京で約31度)から計算した。毎年ほとんど変わらない。

ただ、冬至の前後は、影の長さが毎日ほとんど変わらない。
だから一日だけ測っても、冬至は決められない。何日も、何年も測りつづけた。

ほうきの柄でも、物差しでも いい。
冬至の前後の晴れた日に、正午の影の先に、毎日 印をつけて並べてみる。

SCIENCE太陽の高さからの計算。圭表は国立天文台の説明。

冬至を知って、何をした?

土地によって、ちがう。でも並べると、重なるところがある。

したことどこで
数える影や石の並びで、一年の0を決めた中国・日本・ペルー
集まる遠くから家畜を連れてきて、真冬に宴をしたイギリス※14
迎える冬至の朝日が届く墓を作ったアイルランド※12
祀る皇帝が、丸い壇で天を祀った中国※10
語る年長の人の家に集まり、詩を読み、物語を話したイラン・アフガニスタン※18

暦のためだけなら、小さな棒で足りる。
それでも人は、大きな石を運び、遠くから集まり、食べものを持ち寄った。
冬至は、測る日であり、集まる日であり、祈る日でもあった。

暦を決めることは、国を治めること?

白い石の、三段の丸い壇(天壇の圜丘)の絵

空は、誰でも見られる。
でも「今年はこの日から」と、みんなに告げられるのは、限られた人だった。

中国の明の時代、1530年。
北京の天壇(てんだん)に「圜丘(えんきゅう)」という丸い壇を建て、冬至に天を祀る場所にした。
明と清の22人の皇帝が、ここで654回の祭祀(さいし=神さまをまつる行事)をした。※10

なぜ冬至か。「陰がきわまり、陽が生まれはじめる日」だから、と説明されている。※11

もっと古い本『周礼(しゅらい)』にも、冬至の日に丸い丘で音楽を奏で、天の神々を迎えると書いてある。※9

HISTORY北京の新聞の記事と、中国の古い本。
TRADITION「陰がきわまり、陽が生まれはじめる」は、陰陽の考え方での説明。

めでたい日に、暦を合わせた?

山の端から昇る冬の太陽と、暗い新月の絵

冬至と新月が、同じ日に重なることがある。「朔旦冬至(さくたんとうじ)」という。
19年に一度ほどの、めでたい日。※4

日本では784年、はじめて朔旦冬至を祝った。お祝いの行事をし、税を軽くすることもあった。※4※5

860年。暦の計算では、冬至は新月の次の日だった。
それでも、前の例を大事にして、新月の日を1日ずらし、重なったことにした。※4

1202年には ただ一度、新月ではなく冬至のほうを動かした。
こうした調整は、1468年まで続いた。※4

自然を読むために作った暦が、めでたさを守るために 書き換えられた。
自然の時間と、人が決める時間。その二つは、昔から ぴったりとは重ならなかった。

HISTORY国立国会図書館と国立天文台の暦の記録。
INTERPRETATION「自然の時間と、人が決める時間」は、TANE の読み方。

冬至は、一年の終わり? はじまり?

韓国では20世紀の前半まで、冬至を「아세(アセ・亜歳)」、つまり「작은설(チャグンソル)=小さなお正月」と考えていた。※25

中国の古い周の国では、冬至が新年の最初の日だった、とも書かれている。※25

アメリカのホピの人たちの暦でも、12月が新しい年のはじまり。
部族の新聞は、この季節を「一年でいちばん、ホピの暮らしが高まるとき」と書き、冬至の儀礼を迎えて一年をふり返ろう、と呼びかけている。※26

カレンダーの終わりの近くにあるのに、韓国でも、ホピの暦でも、はじまりの日だった。

HISTORY韓国の農村振興庁の記事と、ホピ部族の新聞。

空の知恵は、誰のもの?

輪を重ねて空を表した、昔の天文の道具(渾天儀)の絵

唐の時代の中国の法は、天文の道具や本を、兵法の本や予言の本と並べて、家で持つことを禁じた。
破れば、2年の労役。天文を自分で学ぶことも同じ、という一文もある。※35
(この一文は古い写本には無く、のちに足されたと考える学者もいる)

日本でも、空を見張り、暦を作り、時を知らせる仕事は「陰陽寮(おんようりょう)」が受け持った。
のちに、その知恵は二つの家が代々受け継ぎ、明治までその家のものだった。※34

一方で、もっと古い本『尚書(しょうしょ)』は、こう書く。
天をうやまい、日・月・星の動きを調べて、「民に時を授ける」。※36
伝説の王の話だが、空を知る人は、その時を人々へ手渡すもの、という考えが残っている。

同じ空の知恵に、閉じる向きと、手渡す向きがあった。

HISTORY唐の法と国立天文台。
TRADITION『尚書』は伝説の王の話。
INTERPRETATION「閉じる向きと手渡す向き」は、並べて TANE が読んだこと。

「冬至の時刻は、隠されてきた」って本当? →

「昔の権力者が、民衆の祈りが叶うのを恐れて、冬至の時刻を隠した」という話を見かける。
でも、それを書いた昔の記録は、見つからなかった。

確かめられたのは、天文の知恵が限られた人のものだったこと。
そして、めでたい日を作るために、暦を動かしたこと。

いまの冬至の時刻は、日本の国立天文台も、アメリカの海軍天文台も、同じ時刻を出している。※37
数字が違って見えるときは、どこが出した数字かを見てみる。

HOW THEY WELCOMED IT

どう、迎えた?

外を変えるより、自分のほうを整えた。

扉を閉じた、昔の関所の門の絵

冬至には、人のほうが止まった

中国の古い本『周易(しゅうえき)』に、こう書いてある。※7

  • 昔の王は、冬至の日に 関所を閉じた。
  • 商人も、旅人も、行き来しなかった。
  • 王も、地方を見回らなかった。

別の本『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』は、冬至のころ、身を清め、家を閉ざし、からだを静かにして、陰と陽が落ち着くのを待つ、と書く。※8

「もっと暖かくなれ」と、外に求めているのではない。
天地が向きを変える日に、人のほうが ふるまいを変えている。

どの時代の、どの人も、本当にそうしたとは言えない。
「こう迎えるのが よい」と考えられていた、という記録。

原文を見る →

『周易』復:雷在地中,復;先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。※7

『呂氏春秋』仲冬紀:是月也,日短至。陰陽爭,諸生蕩。君子齋戒,處必弇,身必寧,去聲色,禁嗜慾,安形性,事欲靜,以待陰陽之所定。※8

訳は TANE。くわしくは HALE の記録に。

TRADITION古い本に書かれてきたこと。

種を送り出す前に、語りかける

色とりどりのとうもろこしと、ひょうたんの水入れの絵

アメリカ・アリゾナのホピの人たちは、雨と、流れてくる水だけで トウモロコシを育ててきた。※27

去年の種を干して、ネズミや傷みから守る。
来年、食べる分と、儀礼に使う分で、何袋の種が要るかを数える。
そして種が家から畑へ出る前に、祈り、水を振りかけ、種に語りかける。※27

トウモロコシは、人を養う「母」であり、人が世話をする「子」でもある、と書かれている。※27

種を見分ける。守る。数える。祈る。
手を動かすことと、祈ることが、一つの暮らしの中にある。

これは冬至の日の作法ではなく、一年をとおした畑の記録。
ホピの家に生まれた人と一緒に書かれた論文から。

HISTORY論文の記録(2004年)。

太陽が戻ると、知らなかったから祈った?

「昔の人は、太陽が死んでしまうのが怖かった」という説明を、よく見かける。

でも、13の塔で一年じゅうの太陽を追ったり、何年も影を測ったりした人たちは、
太陽が戻ってくることを、知っていた。

誕生日が来ると知っていても、お祝いをする。
知っていることと、心を尽くして迎えることは、べつのこと。

INTERPRETATION遺跡の記録を並べて、TANE が読んだこと。

EAT & BATHE

食べる・湯

とっておいたものを、食卓へ。

柚子湯の絵

なぜ、冬至に かぼちゃ?

切り口の見えるかぼちゃと、小豆の絵

かぼちゃが とれるのは、夏。
でも、長くとっておける。
だから寒い冬に、夏の野菜を食べるために、昔から食べられてきた、と農林水産省は書いている。※21

「冬至に食べると病氣にならない」とも、古くから言われてきた。※21

もうひとつ。「ん」のつく食べものを食べると「運」がつく、という言い伝え。
かぼちゃの別の名前は「なんきん」。「ん」が二つある。※21

選ぶときに見てみたいのは、どこの土地で、いつ とれたものか。
夏にとれて、冬まで とっておけたもの。それが、冬至のかぼちゃの もとの姿。

近くの朝市は → カリフォルニアのファーマーズマーケット

TRADITION言われてきたこと。効きめを確かめた話ではない。

柚子湯は、いつから?

柚子を丸ごと浮かべた木の湯おけと、切った柚子を入れた袋の絵

百科事典には、こうある。
「冬至に柚子湯に入ると、ひび、あかぎれを治し、一年中風邪を引かないという」。※22
端午の節句の菖蒲湯と同じ、草や実を入れる「薬湯(くすりゆ)」の一つ。銭湯で いまも続いている。

「江戸の銭湯が始めた」「冬至と湯治の語呂合わせ」という話も よく見かけるが、開いた辞書には無かった。

選ぶときの見どころ

丸ごと浮かべるか、切って袋に入れるか、香りだけを楽しむか。
決めるのは、その日の自分の肌。同じ柚子湯でも、入れ方は一つではない。

TRADITION「〜という」と言い伝えられてきたこと。効きめを確かめた話ではない。

沖縄の冬至は、かぼちゃではない?

切り口の見える田芋と、大きな葉の絵

浦添市の食育だよりは、こう書いている。
「沖縄では『トゥンジー』(冬至)と言えば、ターンム(田芋)です」。※23

昔は、田芋を入れたジューシー(雑炊)を作った。
いまは、ジューシーと田芋の料理をお供えするようになった。※23

同じ日本の冬至でも、育つ作物で、食卓の形が変わる。

HISTORY市の食育だより。

韓国では、冬至に 小豆がゆ

白い団子の浮かぶ、小豆がゆの椀と木のさじの絵

팥죽(パッチュク)=小豆がゆ。
高麗(こうらい)の時代の詩に、冬至の팥죽が出てくる。そのころには、もう冬至の食べものになっていた。※24

食べる前に、門や、味噌や醤油のかめを置く台に まいた。
小豆の赤が、病や災いを追い払う、と考えられてきた。※24

TRADITION韓国の百科事典。言い伝え。

一年でいちばん長い夜に、何をした?

灯り、水、ザクロ、スイカ、ぶどう、本を並べたヤルダーの夜の絵

イランとアフガニスタンの「ヤルダー」の夜。
家族が、年長の人の家に集まる。※18

灯り

光

水

清らかさ

ザクロ・スイカ・ぶどう

赤い実は、温かさ

食卓を囲んで、詩を読み、物語を語る。2022年、ユネスコの無形文化遺産になった。※18

外では、光が次の季節へ渡されていく。
家の中では、話が、次の人へ渡されていく。

冬至の夜に、家族で一つずつ話してみる。
今年いちばん残ったこと。来年やってみたいこと。

HISTORYユネスコの記録。

冬至のあとに、何を仕込む?

冬至の次は、小寒。「寒(かん)」の入り。

味噌は「寒に仕込め」と言われてきた。※33
新しい大豆が とれる話と一緒に、立冬に書いた → 味噌は、いつ仕込む?

手を動かしながら、なぜそうするのかを一緒に見たい人へ。
→ ワークショップ 作り方のページは → レシピの棚

IN YOUR HOME

暮らしに置く

昔の形をまねるより、守っていたものを受け取る。

口を開けて分けられた、いくつかの種の袋の絵

冬至の光は、部屋のどこまで届く?

窓から入る冬の日差しが、床の奥までのびている絵

冬至の太陽は、正午でも 東京で約31度。夏至の約78度より、ずっと低い。
だから冬の日差しは、部屋の奥まで届く。

冬至のころ、正午に、床に届いた日差しの いちばん奥に、テープで印をつけてみる。
春分、夏至にも、同じ時刻に見る。

昔の人が石の すき間で見ていた光を、自分の家の床で見ることになる。

SCIENCE太陽の高さからの計算。

昔の人が守っていたもの、うちでは?

儀式を まねる必要はない。
その営みが守っていた「つながり」を、いまの暮らしに置いてみる。いちばん右は、あなたの欄。

昔の人がしたことあなたは?
測る棒の影で、一年の0を見つけた正午の影を、一週間 測ってみる?
とっておく夏のかぼちゃを、冬まで残したいま、台所に とってあるものは?
種を残す来年の分を数えて、種を守った次に育てたい種・作りたいものは?
供える・分ける作った料理を、まず供えた今年、誰に「ありがとう」を言いたい?
手渡す年長の人の家に集まり、物語を語った家の料理を一つ、作り方ごと書き留める?
止まる関所を閉じ、旅をやめた予定を足す前に、静かな一日を置く?

SKY & CALENDAR

空と暦

六本の横線の、いちばん下だけが金色の、易の「復」の形の絵

冬至は、どうやって決まる?

太陽の通り道を、360度の輪にする。
太陽が270度のところに来た日が、冬至。※1
秋分(180度)から、ちょうど4分の1。

南半球では、冬至は6月。

SCIENCE太陽の場所で決まる、天文の話。

やぎ座の星と、うすく描いた海やぎの絵

二十四節氣は、30度ごとの節目を「中氣(ちゅうき)」と呼ぶ。冬至は その一つ。
西洋の星占いが使う12の区切りも 30度ごとなので、冬至は山羊座の はじまりと同じ線になる。

INTERPRETATION星占いは、空を読む一つの考え方。

いちばん暗い15日に、暦は何を書いた?

雪の下の土から出てきた、麦の芽の絵
はじめ

日本:夏枯草(なつかれくさ)が芽を出す
中国:みみずが土の中で かたまる

なか

日本:大鹿が角を落とす
中国:大鹿が角を落とす

おわり

日本:雪の下で 麦が芽を出す
中国:凍った泉が 動きはじめる

三つのうち、なかの一つだけ、日本と中国が同じ。※30

日本の三つのうち二つは、芽の話。
昼がいちばん短い15日に、もう春の芽を書いている。

HISTORY暦の記録。

「一陽来復」って?

中国の古い本『易経(えききょう)』の「復(ふく)」という形から来た言葉。
陰ばかりの いちばん下に、陽が一本だけ戻ってくる形。※6

辞書の意味は、四つ。
冬至のこと。陰がきわまって陽にかえること。冬が去り春が来ること。
そして、悪いことが続いたあと、よい方へ向かうこと。※6

目に見える寒さは、まだ これから。
でも太陽の動きは、もう向きを変えている。

TRADITION辞書の説明。陰陽は、世界を読む一つの考え方。

クリスマスは、冬至のお祭りだった?

よく聞く話。でも、決まってはいない。

古代ローマの太陽神の祭りは、274年に定められた。
12月25日をイエスの誕生日とした、残っている いちばん古い記録は、354年の暦。※28

一方で、「3月25日に身ごもり、9か月後が12月25日」と計算した、という説もある。
研究者は「一つの祭りを そのまま借りた、と言うのは単純すぎる」と言う。※28

HISTORY説が分かれている。

TANEは、こう読んだ

(YUKI の言葉が入ります)

TANE

NOT YET

まだ分からないこと

探したけれど、見つからなかったもの。そのまま置いておきます。

  • 伊勢の宇治橋が、冬至の朝日に合わせて造られたのかどうか。そう書いた説明は見つからなかった。
  • 金山巨石群を、縄文の人が暦として置いたのかどうか。国の解説文も、版によって書き方が違う。
  • 皇帝の冬至の祭りで、どの神々を、どう並べたか。くわしい記録を開けなかった。
  • 「昔の権力者が、冬至の時刻を隠した」という話の、昔の記録。
  • 佐賀の吉野ヶ里の建物の並びが、冬至の日の入りに向いている、という話の出どころ。
  • 「柚子湯は江戸の銭湯から」という話の出どころ。
出どころを開く(※1〜※39)
  1. ※1国立天文台 暦計算室「こよみ用語解説 二十四節気」
  2. ※3国立天文台 暦計算室 暦Wiki「圭表儀」
  3. ※4国立天文台 暦計算室 暦Wiki「太陰太陽暦/朔旦冬至」
  4. ※5国立国会図書館「日本の暦」年表
  5. ※6コトバンク「一陽来復」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
  6. ※7『周易』復(中国語版 Wikisource)
  7. ※8『呂氏春秋』仲冬紀(中国語版 Wikisource)
  8. ※9『周礼』春官宗伯 大司楽(中国語版 Wikisource)
  9. ※10北京日報 副刊「天坛之变与祭祀之礼」(2023年)
  10. ※11北京旅游网(光明日報の署名・2024年)天壇と冬至
  11. ※12National Museum of Ireland「The Winter solstice at Newgrange」
  12. ※13The Irish Times(2025年12月21日)
  13. ※14English Heritage「Celestial Stonehenge」
  14. ※15Historic Environment Scotland「Maeshowe Chambered Cairn」
  15. ※16ハレ州立先史博物館「Himmelswege:ゴゼック」
  16. ※17Clive Ruggles(考古天文学者)「Chankillo becomes a World Heritage Site」
  17. ※18UNESCO 無形文化遺産「Yaldā/Chella」(2022年)
  18. ※19国土交通省 観光庁 多言語解説文「金山巨石群」
  19. ※20伊勢志摩観光コンベンション機構の案内(宇治橋の日の出)
  20. ※21農林水産省「おうちで簡単郷土料理 かぼちゃのいとこ煮」
  21. ※22コトバンク「柚子湯」(世界大百科事典)
  22. ※23浦添市「食育だより」2024年12月号
  23. ※24韓国民族文化大百科事典(韓国学中央研究院)「팥죽」
  24. ※25韓国 農村振興庁 ウェブジン(2024年12月)
  25. ※26Hopi Tutuveni(ホピ部族の新聞・2017年12月19日)
  26. ※27Wall & Masayesva「People of the Corn」American Indian Quarterly(2004年)
  27. ※28National Geographic(クリスマスとサトゥルナリア・ソル・インウィクトゥス)
  28. ※29NOAA NCEI 平年値 1991–2020(Santa Ana John Wayne Airport。℃と mm に直した)
  29. ※30Wikipedia 日本語版「七十二候」
  30. ※33鈴木こうじ店「自家製味噌の仕込み時期」(作り手の店)
  31. ※34国立天文台 暦計算室「暦と陰陽師」
  32. ※35『唐律疏議』巻九(中国語版 Wikisource)
  33. ※36『尚書』堯典(中国語版 Wikisource)
  34. ※39国土交通省 観光庁 多言語解説文「金山巨石群」(2019年の版)
  35. ※37U.S. Naval Observatory「Earth's Seasons」(2026年)

調べるときに開いた資料

  1. 国立天文台 暦計算室「こよみ用語解説 二十四節気」
  2. 国立天文台 暦計算室「令和8年(2026)暦要項 二十四節気および雑節」
  3. 国立天文台 暦計算室 暦Wiki「圭表儀」
  4. 国立天文台 暦計算室 暦Wiki「太陰太陽暦/朔旦冬至」(文字が化けて細部は読めていない)
  5. 国立国会図書館「日本の暦」第1章 年表
  6. コトバンク「一陽来復」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書・四字熟語を知る辞典)
  7. 『周易』復(中国語版 Wikisource)
  8. 『呂氏春秋』卷十一 仲冬紀(中国語版 Wikisource)
  9. 『周禮』春官宗伯 大司樂(中国語版 Wikisource)
  10. 北京日報 副刊「天坛之变与祭祀之礼」(2023-08-24・京報網)
  11. 北京旅游网(光明日報の署名・2024-01-02)天壇と冬至
  12. National Museum of Ireland「The Winter solstice at Newgrange」
  13. The Irish Times「Thousands celebrate 'magical' winter solstice sunrise at Newgrange」(2025-12-21)
  14. English Heritage「Celestial Stonehenge」
  15. Historic Environment Scotland「Maeshowe Chambered Cairn: History and stories」
  16. Landesmuseum für Vorgeschichte Halle「Himmelswege: The Goseck site, features」
  17. Clive Ruggles(考古天文学者)「Chankillo becomes a World Heritage Site」
  18. UNESCO 無形文化遺産「Yaldā/Chella」(2022 記載)
  19. 国土交通省 観光庁 多言語解説文「金山巨石群」(2023年版)
  20. 伊勢志摩観光コンベンション機構の案内(hale-0111 が引いた文。機構のページの URL はまだ控えていない)
  21. 農林水産省「おうちで簡単郷土料理 茨城県『かぼちゃのいとこ煮』」
  22. コトバンク「柚子湯」(世界大百科事典 旧版:冬至・銭湯・浴用剤・薬湯)
  23. 浦添市「食育だより」2024年12月号
  24. 『韓国民族文化大百科事典』(韓国学中央研究院)「팥죽」
  25. 農村振興庁 ウェブジン 2024年12月「동짓날 나누는 푸근한 정」
  26. Hopi Tutuveni(ホピ部族の新聞)Vol.25 No.24(2017-12-19)
  27. Dennis Wall & Virgil Masayesva「People of the Corn: Teachings in Hopi Traditional Agriculture, Spirituality, and Sustainability」American Indian Quarterly 28(3/4), 2004, pp.435–453
  28. National Geographic「Christmas, Jesus' birthday, ancient Rome, Saturnalia, Sol Invictus」
  29. NOAA NCEI 平年値 1991–2020(Santa Ana John Wayne Airport, USW00093184)
  30. Wikipedia 日本語版「七十二候」
  31. 国立天文台 暦Wiki「太陽の南中高度と日出没の方位」(寒露.md #61 と同じ)
  32. 調べ C「冬至に祈るということ」(AI の調べ・YUKI が貼った文)
  33. 鈴木こうじ店「自家製味噌の仕込み時期」(立冬.md #47 と同じ・作り手の店)
  34. 国立天文台 暦計算室 貴重資料展示室044「暦と陰陽師」
  35. 『唐律疏議』卷第九 第110条(中国語版 Wikisource)
  36. 『尚書』堯典(中国語版 Wikisource)
  37. U.S. Naval Observatory「Earth's Seasons」API(2026)
  38. 調べ D「独占ではなく、分かち合う祈り」(AI との対話・YUKI が貼った文)
  39. 国土交通省 観光庁 多言語解説文「金山巨石群」(令和元年版)