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両手にすくった米糀

TANE JOURNEY

食、暮らし、肌。
ぜんぶ ひとつづき。

なぜ、全部なのか。
つながりの理由を、通ってきた道のまま

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食のことも、暮らしのことも、肌のことも書いている。

外から見ると、手を広げているように見えるかもしれない。発酵の話をしていたかと思えば、石けんの話をしている。台所の道具の話をしていたかと思えば、肌の話をしている。

でも私の中では、ずっと一つのことをしている。

この冊子は、TANEの紹介ではない。「なぜ全部なのか」の答えを、私が通ってきた道のまま置いたものだ。

読み終えたときに増えているのが、TANEについての知識ではなく、明日から使える見かたが一つであるように。

01

探して、戻ってきた

最初から、こういうことをしていたわけではない。

きっかけは、自分の不調と、子供を持ったことだった。何が生きる上で大切なのか。前より深く考えるようになった。

子供の教育も同じだった。この子たちが生きる時代は、私のものとは全く違うものになる。確信だけはあった。

AIが加速度的に発展している。技術の進み方は、5年前の比ではない。

農業革命があった。産業革命があった。それをさらに超える波が、もう来ている。

一日のうちに、どれだけの言葉と絵が目の前を通っていくだろう。

現代人が一日に受け取る情報の量は、江戸時代の一年分、平安時代の人の一生分にあたる。そう言う人がいる。


手のひらの画面を開けば、知らない人の暮らしも、遠い国の出来事も、買った覚えのない商品も、次々に流れてくる。目を留めなかったものも、通り過ぎたぶんだけ、どこかに積もっていく。

数字でも増え続けている。日本のインターネットを流れるデータは、いまも毎年一割以上ずつ増えている。

何かを知りたいと思えば、AIがいちばん簡単に答えを渡してくれる。

疑問を持つ暇も与えられない速度で、便利は進んでいく。

その力は、これまでの世界のしくみも、価値観も、変えていくのだろうと思う。

私は、それらを決して敵視していない。

では、生きていくために、親として何をしてあげられるのか。

手当たり次第に調べた。

STEMがいいと聞けば、プログラミングを独学した。
お金の勉強やビジネスの勉強がいいと聞けば、そのための本を買い込んで勉強して、それに詳しい人に話を聞きに行った。

どれも無駄ではなかったと思う。

でも、違和感が残った。

そこで、基本的なところに立ち返った。

暮らし。生活。心身の自分のケア。それこそ、現代の私たちが、自分の手ですることを手放してきたものだった。

人に必要不可欠なものがある、と私は思う。

それは自然であり、暮らしを彩るもの。

自然の中には、不思議な力とパターンがある。

松ぼっくりと、六角形の蜂の巣のかけらの絵

蜂は、間違いなく六角形の巣を作る。
ひまわりの種の並びを数えると、渦の本数が34本と55本になる。
松ぼっくりは5本と8本、あるいは8本と13本。渦を巻く植物の九割以上が、この並びのどこかに収まるという。

ひまわりの花の中心。種が渦を巻いて並んでいる
ひまわりの種の並び。右回りと左回りの渦が重なっている。

木の枝分かれと、体の中の血管や気管支の分かれ方は、よく似た形をしている。

暦もそうだ。通信の手段など何もない時代に、遠く離れた国の人たちが、同じように夏至と冬至を知っていた。

アイルランドのニューグレンジは、冬至の朝だけ、入口の上の小さな窓から光が奥の部屋まで届くように作られている。イギリスのストーンヘンジは、夏至の日の出と冬至の日の入りの方角に軸が向いている。作られた時期はおよそ千年離れていて、別の人たちの手による。

日本にもある。伊勢神宮の内宮、宇治橋の大鳥居。冬至をはさんだひと月ほどのあいだ、朝の七時半ごろ、鳥居の真ん中から朝日が昇る。

冬至の朝、光はまっすぐ来る。

空を見て、月を見て、季節を読んで、感じて、祝ったり、恐れたりした。

そのいくつかには、あとから科学が追いついた。

そして、これだけ進んだ今でも、作れないものがある。一粒の種を、何もないところから作ることはできない。

世界は不思議の塊で、神秘に満ちている。私たちは、その恵みの中にいる。太陽、雨。数えきれないものの中で、生かされている。

その不思議さと、先人たちの凄さを、子供に伝えたい。

簡単に答えが手に入るからこそ、便利だからこそ、自分の手で生み出す力。

先祖代々、いろんな人たちが作ってきた発見や知恵には、血が通っている。
たとえ科学で証明し切れていなくても、脈々と受け継がれてきた。

そこには、アイデアと、敬意と、愛がある。

言葉にしてしまうと単純だが、偉大なギフトだと思う。

何千年も前の誰かの偶然の発見が、今も私たちの暮らしの中にあるとしたら。それが残って、受け継がれてきたのだとしたら。

そう考えると、時間を飛び越えたような、とても幸せな気持ちになる。

これは、私だけだろうか。

全てでなくていい。できるところから。

これは一番私に必要で、そして子供に残せるものだと思った。受け継がれてきた知識と、知恵と、叡智。それこそ、私のところで止めずに、彼らに渡したいと心から思った。

ここまで書くと、きれいな話に見えるかもしれない。

そうではない。

私は自然派やナチュラリストと言われがちだが、そこを目指したわけではない。

いろんなプロセスを踏んで、悩んで、傷ついた。変だと言われた。やりすぎだ、考えすぎだと言われた。家族と喧嘩もした。

それでも探し続けて、ここにいる。

先を歩いている、と言うつもりもない。

私もまだ道の途中で、もがいている時もある。これが答えかと思っても、次の日には違う発見があって、違うのか、となったりする。

でも、それでいい。

正解探しは、しなくていい。自分にとって大切なものを探せばいい。

02

分けたのは、売り場のほうだった

1本の線の上に、洗面器・鍋・干した布・じょうろ・湯おけが並ぶ絵

店に行くと、棚が分かれている。

肌のもの。食べるもの。日用品。それぞれ別の通路にあって、別の担当が並べている。

分かれているのには理由がある。探しやすいからだ。目当てのものが決まっている人には、そのほうが早い。それぞれの棚に、それぞれの専門がある。

ただ、自分の一日は、そんなふうには分かれていない。

朝、顔を洗う。ごはんを作る。洗濯をする。庭に出る。夜、風呂に入って、眠る。

ぜんぶ、つづきの時間だ。同じ手で、同じ水で、同じ家の中でやっている。

肌が荒れた日に、私が思い出すのは化粧品のことだけではない。
その週に何を食べたか。何時に寝たか。どんな洗剤に触れたか。
外がどれだけ乾いていたか。

棚は分かれている。暮らしは分かれていない。

その差に気づいたことが、たぶん、いちばん最初だった。

03

三つの入口 ── 肌・食・暮らし

私が書いているのは、大きく三つになる。

分けたくて分けたのではない。入口が三つある、という意味だ。

手づくりの化粧品の瓶をのせた木のトレイ
肌
仕込んだ瓶が4つ並んでいる
食
畑の土に苗を植える手
暮らし

肌は、暮らしを映す鏡

肌のことを、長いあいだ見てきた。カウンセリングをして、一人ひとりに合わせた化粧品を作って、たくさんの肌を見てきた。

それでも今も、「これがすべての人に正解です」とは言えない。むしろ長く向き合うほど、肌はそんなに単純ではないと感じる。

年齢。食べているもの。眠り。季節。住んでいる土地。心の状態。毎日の暮らし。

肌は、その人のいろいろなものを静かに映している。

だから、化粧品だけを見て肌を考えることはしない。一つの場所で解こうとして行き詰まったら、隣を見る。

これは、肌に限った話ではないと思っている。

食は、命を受け継ぐこと

味噌も、糀も、梅干しも、サワードウも、私は何ひとつ発明していない。

名前も知らない誰かが、長い時間をかけて作り、食べ、工夫し、次の誰かへ手渡してきた。私もまた、受け取った一人だ。

だから、自分のところで止めたくない。

昔とまったく同じようにすることが、受け継ぐことだとも思っていない。今の暮らしに合わせて、作りやすくしたり、少し変えてみたりする。

残しておきたいのは、その奥にある「なぜ」のほうだ。

なぜ、この素材なのか。なぜ、この季節なのか。なぜ、この方法が残ってきたのか。

暮らしは、小さな選択でできている

キッチンで使う道具。毎日触れる器。身につけるもの。住まい。庭や土に触れること。季節との付き合い方。

どれも、一見すると小さなことだ。

でも暮らしは、その小さな選択でできている。

大きな決断を一度するより、小さな選択を自分で選び直すほうが、たぶん効く。毎日、繰り返されるからだ。

三つに分けて書いている。けれど書いている本人の中では、これは一つのことだ。

04

衣食住 ── 三つで、ひとつの言葉

これは私が考えたことではない。

もともと、そういう一語がある。

衣食住。

三つ並んでいるのに、一つの言葉として使われてきた。着るもの、食べるもの、住まい。別々の分野ではなく、まとめて一つ。

いつごろから使われているのか、辞書を引いてみた。

精選版 日本国語大辞典が挙げているいちばん古い用例は、1692年に出た『世間胸算用』だった。井原西鶴が、大晦日一日を通して町の人たちの暮らしを書いた本だ。

分際相応に人間衣食住の三つの楽の外なし

身の丈に合わせて、人には衣食住という三つの楽しみのほかにない。だいたい、そういう意味になる。

私が驚いたのは、三つがまとめて書かれていることよりも、
それが「楽」と書かれていたことだった。

生きるために必要な三つ、ではない。楽しみの三つ。

三百年以上前の、ふつうの町の人の暮らしを書いた本に、そう書いてある。

これが当時の人の考え方そのものだったのかは、私には分からない。分かるのは、そういう一文が残っているということだけだ。

それでも、その一行を読んだとき、自分がやっていることに名前がついた気がした。

05

自分で選んでいるようで、選んでいない

ここから先は、私だけの話ではないと思う。

あるとき、気がついた。

自分たちは自分で選んでいるようで、育った環境などから染み付いてしまっていて、自分の考えや好きなものを確かめる余地なく、それに気がつくことすらせずに過ごしている。

私もそうだった。

なんとなくコマーシャルで流れてきたもの。みんながやっていたこと。いいよと勧められたもの。流行りのもの。一般的に価値があると言われてきたもの。

そういうものを選んでいた。なぜそれなのかと聞かれても、たぶん答えられなかった。

これは、悪いことではない。

全部を自分で決めていたら、一日が終わらない。染み付いているから、私たちは考えずに動ける。

ただ、気がついていないことと、気がついたうえで選んでいることは、違う。

気がついたあとは、そのまま続けてもいい。やめてもいい。変えてもいい。

そこで初めて、選択になる。

06

作るほうが、実は楽だった

自分でやることへのハードルを、私は自分で上げていた。

勝手なイメージだった。難しそう、時間がかかりそう、失敗しそう。

でも、やり始めてみた。

そりゃ、初めは大変だ。分からないことばかりで、うまくいかない。

だけど慣れてくる。経験が増える。応用力が出てくる。そして、それが自分にいいのかどうかが、だんだん分かってくる。

その過程は、自分の好きなものを探す実験だった。そして、気づきでもあった。

自分で作るとき、材料を選ぶのは自分だ。何を入れて、何を入れないかを、自分で決める。決めるためには、見なければならない。見ているうちに、買うときにも同じところを見るようになる。

何を作っているのか、並べてみる。

乾物や豆を入れたガラス瓶がぎっしり並んだ棚

調味料は、だいたい。糀、甘酒、味噌、醤油、酢、ケチャップ、オイスターソース、ラー油、ドレッシング、マヨネーズ、ブイヨン。

発酵させるもの。ぬか床、漬物、サワードウ、ザワークラウト、酒種のパン、ヨーグルト、納豆、キムチ、コチュジャン。

干して、漬けて、置いておくもの。梅干し、乾物、保存食。

飲むもの。お茶とハーブのブレンド、コーヒー。

酒も作る。ただし日本では、アルコールが一度以上あるものを、免許なく作ることはできない。同じ手しごとでも、住んでいる場所で、できることが変わる。

洗うものと、肌につけるもの。石鹸、シャンプー、リンス、洗濯洗剤、歯磨き粉、マウスウォッシュ。基礎化粧品、クリーム、日焼け止め。ファンデーション、口紅、頬紅。

着るもの。編み物、ミシン、縫い物。

育てるもの。家庭菜園、きのこ、コンポスト。出たものを土に返して、また育てる。

どんぐりの完全食も作る。

これで全部ではない。ざっくり書き出しただけで、細かく言えばもっとある。どれの後ろにも「など」が付く。

ほぼ毎日、何かは作っている。作らない日のほうが、ずっと少ない。

けれど、最初からこうしていたわけではない。

一つやってみて、できるようになって、次に手が伸びる。そうしているうちに、いつの間にかこうなっていた。

だからこれは、才能の話ではない。積み重なった時間の話だ。

作れると知っているだけで、棚の前での立ち位置が変わる。

作り方は、この冊子には書いていない。ここで渡したかったのは、手順ではなく、見かたのほうだから。

そして、これは意外だったのだけれど。

それを自分でコントロールして、自分で管理する。これこそ本当に楽な道だと知った。

探し回らなくていい。誰かの正解を追いかけなくていい。手元にあるものの中身が分かっているから、迷う時間が減る。

大変なのは最初だけで、そのあとは、ずっと楽だった。

07

いつか、その人のタイミングで

自分でできるようになったことを、家族でやってみる。子供とやってみる。

子供たちも、数回するうちにそのプロセスを知って、自分のものにしていく。教えたつもりのないことまで覚えている。

その家庭と、子供たちの中に息づいた、私が伝えられたものを感じる時。本当に嬉しくなる。

子供に限った話ではない。誰かに伝えるときも、同じだと思っている。

そして、これはずいぶん後になってから思うようになったことだけれど。

その人が、すぐに使わなくてもいいのだ。

聞いた日に何かが変わらなくてもいい。試さなくてもいい。忘れてしまってもいい。

いつか、その人のタイミングで。

「あ、これは自分で作れる」と、思い出してもらうこと。

それこそ、TANEが芽吹いた時だと思っている。

その人のタイミングで、いい時に、何かのきっかけで、どこかでそれが芽を出してくれることがあるなら、どんなにか嬉しいことだろう。

土の中の種から、小さな芽が出た絵

QUICK VIEW / 早見

知っていることを、四つに分けて置く

この冊子を書きながら、何度も使った見かたがある。調べものをするとき、私がいつもやっていることだ。

知っていることを、四つに分けて置く。

一 科学として、確かめられていること
 二 研究の途中で、まだ結論が出ていないこと
 三 昔から言われてきたこと
 四 私が実際にやってみて、感じたこと

四つとも、それぞれに価値がある。どれかが偉いわけではない。

やっかいなのは、混ざったときだ。

「体を温めると言われてきた」と「体が温まる」は、違う。どちらも嘘ではない。ただ、立っている場所が違う。前者は三で、後者は一のふりをしている。

売り場でも、記事でも、この四つはよく混ざって出てくる。分けて置くだけで、読み方が変わる。

そして、どれにも入らないときは、「分からない」の箱に入れておいていい。

分からないと知っていることは、知らないこととは違う。

ぜんぶ ひとつづき ── 七つの見かた

一 最初からこうだったわけではない。探して、戻ってきた

二 分かれているのは棚のほう。暮らしは分かれていない

三 一つの場所で行き詰まったら、隣を見る

四 衣食住は、三百年以上前から一つの言葉だった。しかも「楽しみ」と書かれていた

五 気がついていないことと、気がついたうえで選ぶことは、違う

六 作らなくてもいい。作れると知っているだけで、棚の前での立ち位置が変わる

七 今すぐ使わなくていい。いつか、その人のタイミングで

出どころ

この号の材料

この号は、ほとんどが私自身の経験です。外から調べて書いたことだけ、ここに並べます。

「衣食住」という言葉の用例は、精選版 日本国語大辞典が挙げているものから。1692年、元禄五年に刊行された『世間胸算用』の一に、「分際相応に人間衣食住の三つの楽の外なし」とあります。

作者が井原西鶴であること、元禄五年の刊行であること、大晦日一日を通して各階層の町人の暮らしを描いた浮世草子であることは、京都大学の貴重資料デジタルアーカイブの解説から確かめました。

辞書が挙げている用例は、その言葉のいちばん古い使用例とは限りません。だから「これが初めて使われた年」とは書いていません。当時の人が実際にどう考えていたかも、この一文からは分かりません。

「毎年一割以上ずつ増えている」は、総務省の『令和7年版 情報通信白書』から。2024年11月の時点で、固定系ブロードバンドの総ダウンロードトラヒックが前年同月比12.7%増、移動通信が15.6%増とあります。

これは回線を流れた量であって、一人が受け取る情報の量ではありません。

渦の本数は、植物の葉や種の並び方(葉序)の研究から。ひまわりは34本と55本、松ぼっくりは5本と8本、または8本と13本。渦を巻く植物の91%が、この並び(フィボナッチ数列)の連続する二つの数になるという報告があります。

ニューグレンジとストーンヘンジのことは、考古天文学の解説から。ニューグレンジは冬至の朝、入口の上の開口部から光が通路を抜けて奥の部屋に届き、十七分ほど留まります。天文の役割がはっきりしている巨石建造物としては、いまのところ最も古いものとされています。ストーンヘンジは紀元前三千年から二千年ごろに作られ、夏至の日の出と冬至の日の入りの方角に軸が向いています。ニューグレンジのほうが、ストーンヘンジの天文に合わせた時期より千年ほど前になります。

伊勢神宮の内宮、宇治橋の大鳥居から昇る朝日のことは、伊勢志摩観光コンベンション機構の案内から。「冬至を中心として前後約1か月、内宮宇治橋の鳥居から昇る美しい日の出を望むことができます(11月下旬〜1月下旬 午前7時半頃)」とあります。

そう見えるように造られたという説明は、私が見た範囲では見つかりませんでした。だから本文でも、そうは書いていません。ニューグレンジのほうは、意図してその向きに作られたと考えられています。同じ「光がまっすぐ来る」でも、分かっていることの度合いは違います。

木の枝分かれと血管や気管支の形が似ているのは、どちらも「分かれながら細くなっていく」形だからです。植物の形が体のどの臓器に効くかを示している、という古い考え方もありますが、それは伝統の中の話で、科学として確かめられたものではありません。この冊子で書いたのは、形の似かたのことだけです。

「現代人が一日に受け取る情報量は、江戸時代の一年分、平安時代の一生分にあたる」という言い方は、あちこちで見かけます。けれど、どこの誰が何を測った数字なのか、たどり着けませんでした。

だから本文でも、「そう言う人がいる」という形にとどめています。事実として置いてはいません。

分からないことは、分からないと書きました。

おわりに

この冊子について

ここに書いたのは、二〇二六年の私が知っていることです。

来年、違うことを書いているかもしれません。実際、これまでにも何度か変わってきました。使うものも、選び方も、そのたびに少しずつ入れ替わっています。

それでいいと思っています。

読んでいると、分かることが増える。そして、分からなかったことに気づく。そうやって変わっていける方が、健やかだと感じます。

食のことも、暮らしのことも、肌のことも書いているのは、それが三つの話だからではありません。

私の一日が、分かれていないからです。

だから、これを正解として受け取らないでください。

あなたが選ぶものは、あなたの暮らしと、あなたの体と、あなたの季節から決まります。私の選ぶものと違っていて、まったく構いません。

まず、見てみる。触れてみる。

そこから先は、あなたのほうが詳しくなります。

先人たちが紡いできた知恵を受け取り
あなたの暮らしの中で育て
また誰かへ手渡していく

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