CLOTHING
綿と羊と蚕 ── 服の前に、何がいるか

「天然素材だから、自然にやさしい」。
その言葉にも、条件がある。
綿は畑で育つ。ウールは羊から、絹は蚕から。
どれも、服になる前に水と、土と、生きものの時間を使っている。石油から作る繊維とは別の形で。
このページは、その使い方を数字で見る。天然素材を悪く言うためではなく、何をもらって着ているのかを知るために。
綿花と水
2006年・オランダの研究
世界で消費される綿の製品を作るのに、1997〜2001年の平均で、1年に 2,560億 m³ の水が使われていた。
内訳は、川や地下からくみ上げた水(灌漑)が 42%、畑に降った雨が 39%、そして農薬や肥料や加工の汚れを薄めるための水が 19%。※1
ヨーロッパの人が着る綿の水の 84% は、ヨーロッパの外で使われていた。とくにインドとウズベキスタン。
著者はこう書く。水の値段がついていないので、着る人には、遠くの水に責任をとる理由が見えにくい。※1
誰が金を出したか:ユネスコの水の研究所と、オランダの大学。公的な研究。
日本の環境省の推計では、服1着を作るのに水 およそ 2,300L。この数字も、綿花の畑の水まで数えたもの。※2
水は、買った国ではなく、
育てた国で減る。
綿花と農薬 ── 数字は、言う人で変わる
| 誰が | 何と言っているか |
|---|---|
| 綿の業界 (2021年) | ブレーメン綿花取引所(ドイツの業界団体)。綿は農薬をいちばん使う作物ではない。世界の農薬の売上の 5%未満。守らなければ、世界の綿の8割以上が虫・かび・雑草で失われる、と※3 |
| NGO (2017年) | 農薬を見張る団体 PAN UK の報告。綿の農薬の使用は 1980年代の最高値からは減った。でも、大きな産地の多くで、また増えている。昔の毒性の強い農薬(エンドスルファン)は禁止になった。それでも危険度の高い農薬はまだ使われている、と※4 |
どちらも嘘ではない。割合で言うか、量と中身で言うかのちがい。そして、どちらにも立場がある。業界は綿を売り、NGO は農薬を減らしたい。
オーガニック(有機)の綿は、2020/21年の収穫で、世界の綿の 1.4%。いちばん多く作っているのはインド(約38%)。※5
「オーガニックコットン」の札が付いた服は、この 1.4% のどこかから来ている。
注意「有機」は農薬と肥料の決まり。水の量は、土地と育て方で変わる。有機でも水は要る。
羊 ── ミュールシングという言葉
ウールの札に「非ミュールシング」と書いてあることがある。何のことか。
オーストラリアの動物保護団体 RSPCA の説明では、ミュールシングは「子羊のおしりと尾のまわりの皮膚を、三日月の形に切り取る痛みを伴う処置」。
残った傷あとには毛が生えず、ハエが卵を産んでうじがわく病気(フライストライク)にかかりにくくなる。※6
つまり、羊を守るための処置でもある。ただし RSPCA は、ハエに強い羊を育てて正しく管理すれば、要らなくなるとも言う。※6
オーストラリアでは2008年から、羊毛を売るときに「ミュールシングをしたか」を自分で申告する仕組みがある(任意)。
2025年6月の時点で、申告のあった羊毛のうち「していない」が 23%、「やめた」が 3%。申告そのものをしているのは 76%。※6
RSPCA は、申告を義務にすべきだと言っている。
→ 認証の印で見るなら 衣服の認証、何を見ればいい?(RWS は羊を見る印)
蚕 ── 着物一枚に、繭 2,600粒
| 何 | 数字 |
|---|---|
| 着物1枚(1反) | 1反は幅36cm・長さ11.4m の布。繭 およそ 2,600粒・4.9kg → 生糸 900g → 精練した絹 650g※7(農林水産省は 蚕 約2,700頭と数える※8) |
| 繭1粒の糸 | 一本の糸で 1,300〜1,500m。3〜5粒の糸を合わせて1本の生糸にする※7 |
| 蚕の時間 | 卵からかえって、桑の葉を約25日食べ、4回脱皮する。最後の2〜3日で繭を作る。食べる桑の9割は最後の段階※8 |
| 糸を取るとき | 繭を熱湯で煮ながら糸を繰る※9。蛾になって出てくると繭に穴があき、長い一本の糸にならない。だから、蛾になる前に |
一枚の着物の中に、2,600の虫の25日が入っている。
これをどう受け取るかは、人によってちがう。「だから着ない」も、「だから大切に、長く着る」も、どちらも一つの答え。TANE は後ろのほう。
記録数字は国と県の資料から。蚕を殺す工程(乾燥)の一次資料は、まだ開けていない(下の「まだ」)。
誰が金を出したか
水の研究は公的な研究所。農薬の「5%未満」は綿を売る業界団体、「減ったがまた増えている」は農薬を減らしたい NGO。有機綿の割合は、ブランドが会員の非営利団体。羊の数字は動物保護団体が引いた業界の申告。蚕の数字は国と県。
一つの数字を見るとき、その数字で得をするのは誰かを横に置く。それだけで、読み方が変わる。
TANEの読み
「天然だからやさしい」ではなく、「天然だから、誰かの水と時間をもらっている」。
綿の実も、羊の毛も、蚕の糸も、もらいもの。もらいものは、長く使う。それが、いちばん簡単な返し方。
化学繊維と天然繊維、どちらが正しいかの話ではない。石油から作る繊維は、洗ったあとと加工に話がある。天然繊維は、作る前に話がある。話のある場所がちがうだけ。
やってみる
持っているウールの札を見る。「非ミュールシング」「RWS」の字があるか。無ければ、次に買う店で一度 聞いてみる。答えられる店かどうかが分かる。
絹のものを一つ、持っているなら、今年もう一度 着る。しまったままにしない。
もらいものは、長く使う。
それが、いちばん簡単な返し方。
次の問い
では、もらいものを長く使う洗い方は?
→ 洗濯と、服を長く着ること
→ 衣服を知る(衣の章のはじめへ。素材 → 加工 → 肌 → 水と土 → 選ぶ・洗う)
まだ、確かめられていないこと(6)
- 遺伝子組み換えの綿の割合。「世界の綿の面積の8割」という2017年の数字があるが、古く、原典を開いていない
- 農薬の割合の一次資料。業界の国際団体(ICAC)のページは開けず、NGO(PAN UK)の報告は記事から書いた
- カシミヤ(ヤギと草地の負荷)。まだ調べていない
- 麻・リネンの、茎を水に浸けて繊維を取る工程(レッティング)の水の量
- 繭を乾燥させて蛹を殺す工程(乾繭)の一次資料。国会図書館の記事には「熱湯で煮ながら糸繰り」まで
- アラル海と綿花の話。よく語られるが、このページではまだ出どころを開いていない
分かったら、ここに足していく。
出どころ(9)
- ※1 Chapagain AK, Hoekstra AY, Savenije HHG, Gautam R「The water footprint of cotton consumption」Ecological Economics 60, 2006(256 Gm³/年・青 42%・緑 39%・薄める水 19%・EU の綿の水の 84% は域外・インドとウズベキスタン。UNESCO-IHE/トゥエンテ大学) 見る(2026-10-30 確認・PDF の要旨)
- ※2 環境省「サステナブルファッション」サステナブルファッションとは(1着 水 2,300L・CO2 約25.5kg) 見る(2026-10-30 確認)
- ※3 Bremer Baumwollbörse(ブレーメン綿花取引所)「Fact check: Cotton's share of worldwide pesticide use」2021-04-29(世界の農薬売上の 5%未満・8割以上が失われる。元は Cotton Incorporated の資料 2020年6月) 見る(2026-10-30 確認)
- ※4 Just Style「Is cotton conquering its chemical addiction?」2017(PAN UK の報告:1980年代の最高値から減少・多くの産地で再び増加・エンドスルファン禁止) 見る(2026-10-30 確認。PAN UK の報告書そのものは開けなかった)
- ※5 Textile Exchange「Organic Cotton Market Report 2022」の要約(2020/21年・342,265t・世界の綿の 1.4%・インド約38%)── Bündnis für nachhaltige Textilien のページ 見る(2026-10-30 確認)
- ※6 RSPCA Australia「Why is it important to declare mulesing status on the National Wool Declaration?」(ミュールシングの定義・フライストライク・2008年からの任意の申告・2025年6月 非ミュールシング 23%・やめた 3%・申告率 76%) 見る(2026-10-30 確認)
- ※7 国土交通省 観光多言語解説文データベース「How Silk Is Used」(1反=36cm×11.4m・精練絹 650g・生糸 900g・繭 4.9kg=約2,600粒・1粒 1,300〜1,500m・3〜5本を合わせる) 見る(2026-10-30 確認)
- ※8 農林水産省 近畿農政局「蚕」(着物1枚に生糸 約900g・繭 約4.9kg・蚕 約2,700頭・桑を約25日・4回脱皮・2〜3日で繭) 見る(2026-10-30 確認)
- ※9 国立国会図書館 イメージバンク「蚕」(熱湯の中で繭を煮ながら糸繰り・明治政府の蚕糸業奨励) 見る(2026-10-30 確認)